泥水は受け止めるけれど、増やすためではない。

 

人をコケ落としたり、茶化したり、しまいには恫喝したり、いずれのルサンチマンでも、それ自体がモノゴトの改善になるというより、しこりを創るほうが多いのではないか。

そもそも、ルサンチマンに囚われている限り、排他性が伴い格が低いとなる。

自己調整を怠り、格の低さでモノを語っても、泥水を増やす。

泥水から表現として昇華させていくのが、改善アクションであって、そのようなプロセスが感じられるものに、私はココロが震える。

対人折衝の手法であれ何であれ、揶揄したりするのは、起業家のそれではないと私は思う。

自立心とは、何か?

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「言葉の糸」

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近ければ近いほど

自分だけ特殊ではないんだ

異常なんかじゃないんだ

辛いと感じているのは

間違っていなかったんだ

ズレていなかったんだ

そう 一人でも感じてもらえたら

未熟な私が 未熟なまま 紡ぐ言葉

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