時間は生命…

私が言うまでもありませんが、生きとし生ける者は、必ず、その生命は尽きます。

この記事を書こうと数日前からイメージしていて、今日アップしようと思ったら、今日は3月11日だったという偶然も感じながら書きます。

生きとし生ける者は、必ず、その生命は尽きるということ。

人によっては考えたくもないことかもしれないし、人によっては何より重要と捉え続けて、どう生き方に反映させるかと考え続けていることでしょう。

当たり前過ぎるぐらい当たり前のことですが、このことを、どう捉えて考え続けているか。

なんとなくではなく、どことなく美辞麗句と斜めに捉えるでもなく、どこまで実感を持って考え続けているか。

生命が尽きるとは、必ず、別れのときは来るということです。

その別れの仕方に後悔はないですか?

「そのときにならないと分からない」と言っていたら、そのときに間に合わなかったり後悔が伴うのではないでしょうか。

「そのときにならないと分からない」よりも、「必ず来る、そのときに向けて準備していく」というのが、本当の前向きさに思えます。

私も長年、連れ添ってくれた愛猫のピースに想っているように、魂になっても形を変えて繋がって一緒にいると感じることも人によっては出来るでしょう。

それでも、しかし、グリーフ(喪失悲嘆)であることには変わりなく、生まれ変わりのピーチに出逢って一緒にいるとは言っても、もう二度と、あの肉体を持って現世に生きているピースそのものには、今世では出逢えないわけです。

ピースは今生での使命を充分に果たしてくれたのだと、私は思っています。

ずっと私のそばで…。

つまり、どれだけ慈しみあい愛し合っていても、どれほど大切に思い自分の生命を分け与えても本当に惜しくないと思っていたとしても、それは叶わず、必ず、今生での生命が尽きるときは来るという宿命的な流れがあるわけです。

グリーフの狭間で、ひたすらにグリーフを観ていくと生と死が同一線上にありセットなのだと、とても実感したときがあります。

「死があるから生を大切に考えられる」と言えばそうなのですが、それだけではなくて生があるから死があるのであり、死があるから生があり、生と死はもともと1つなのだという感覚です。

分けるものではなく、1つ。

その時に「死」は忌避したり話の目を逸らすようなものではなく、生のためにも死を見つめることは、やはり本当に重要なんだと理屈抜きで感じたことは、今でも私の中で消えることなくあります。

「死」の話題は避けるものではなく、哀しいことだけども、誤解を恐れずに書けば一概に暗いものでもないのではないか、とも…。

目を逸らすとビクビクしてしまうようなものが、直視し続けていくことで次第にガラリと変容するということも少なくないように思えます。

生と死を、どう捉えるかの在り方は、まさしく、その最たるものかもしれません。

そんなことは、この先の人生の中でどこかで考えたらいいと、なぁなぁに捉えることも出来るでしょう。

狭い村の慣習かのようにタブー視して蓋をしてしまうことも出来るでしょう。

または、何でも時間が自動的に答えを出してくれるのではなく、時間任せにしていたら、かけがえのないものが風化してしまうことがあるのを知っている人もいるでしょう。

そして、問題は慢性化しているだけで何も変わらず、いや、時間が経過しているほどに腐ってしまうこともあるでしょう。

そう、何でも時間が解決してくれるとは限らないのです。

それは時間が解決してくれる…と言いながらも、自分ごとを時間という他人任せにしているようなものにしてしまっているときも、私たちはあるのではないでしょうか。

余命アプリというのがあって、それを入れて流れる音楽を聞きながら数値を見て感じたことから想起して書いてみました。

使い古された言葉かもしれませんが、生命は無駄にできません。

私は感動のために生を使いたい。感動していたいし、感動を伝えたい。

できれば、感動を与えられたらとも思う。

エゴイスティックとか、ひがみとか妬みとかしている暇はないし、愛のために生きたいし、愛のために生きていく。

言葉じゃないんだよ。心なんだよ。感じられるのは。感じるのは。

 

時間を自分のものにしてしまえば、多くの人が1年でできることを過大評価していること、

そして、10年でできることを過小評価していることがわかるだろう。

アンソニー・ロビンズ

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