ピースとピーチの新たな始まり

節目として投稿

20年半以上もの年月を私と一緒に居てくれて、昨年11月8日、季節外れの暖かい陽射しの元、突然、私の腕の中で他界した愛猫のピース(♀)。

ピースが息を引き取ったことは、身近な関係者の方々数人にはお伝えさせていただいていましたが、こうして公開の形で書くのは初めてです。

私にとっては、それほどおいそれと書ける内容でもなく、ブログに書こうと思ったことは何度もあっても、今でも、どのような表現であれば書ききれるのか分からないからです。

それでも今回、中途半端でも書こうと思ったのは、3つの意味で節目の日だからです。

1つは、ピースと血がつながっていないにしても、ピースの妹猫としたピーチが生後7ヶ月目になる日、もう1つが私と血が繋がっている実娘・真理英の誕生日、もう1つはここでは書けませんが良い意味での因縁のある日だからです。

いずれにしても今日は、私には意味の深い日ということになりますが、ここに書いたことで書ききれているわけではありません。

 

何の保証もなくアテもなく、ただ想い願いとして。

ピースが私の腕の中で抱かれながら息を引き取った後のことは、火葬までの段取りも含めて、横たわるピースに話しかけながら、その内容をすべてその場で書きためて来ました。

それは表には出していませんが、到底、簡単にはまとめきれないほど実に膨大にあります。

この話しかけながら内容を書くこと自体が供養の始まりでもあり、同時に「落ちるわけには行かない、ピースのためにも」と心の内側で瞬間的に思った私自身へのセルフケアでもありました。

話すのに、ほぼ近いスピードで疲れ果てるまで、疲れ果てても書き続けていた普段はできない超速。

もし、誰かに見られていたら、あの時はきっと鬼気迫るものがあったかもしれません。(あったでしょう)。

ペットロスの本も怒涛のスピードで読み漁ったり、さらにその間、専門的なケアの会にも入ってサポートを受けたり、有意義なお世話にもなりました。

そこでも教わったように、グリーフ(喪失悲嘆)に対するための死生観は人により様々で、比べたり、評価したりジャッジしたり、はたまた私はこう思うなど押し付けて良いものではないと、私もつくづく思います。

もし、万が一でも差異の尊重を軽視して、上記のいずれかを当事者に向けて(当事者同士でも)振りかざしてしまうなら、その善意悪意に関わらず言葉のナイフになってしまうと私は思えるところです。

グリーフケアにおける死生観においては当事者本人が良いと思えるもの・効くものが、本人にとって正しい的な視点、これで良いと私も思っています。

私自身に言えば、あの時のショックから、私をなんとか保たせたのは「ピースは死んでない。魂は消えないのはもちろん、生まれ変わって、また逢いに来てくれる」という否認と言えば否認の合理化であり、何の科学的エビデンスもありようのない、でも本気の想い、強い願いでした。

そういう出逢いをしたと感じている・思っている飼い主たちの体験談などを読んだのが、キッカケにはなりましたが、そう私も心から思って本気で信じることで、フラフラした足取りながらも無理にでも笑って立ち上がれたことを、今でも体感としてよく憶えています。

当然、何の保証もなくアテもなく、ただ想い願いとして。

 

まさか!

そして先月3月、ピースの月命日の日に、まさかと思える連絡から運命的な出逢いが!

ピースと血は繋がっていないとしても、まるで妹、そして半分は生まれ変わりかのような仔猫に出逢うことになったのです。

このような感覚は、グリーフ(喪失悲嘆)を経験した飼い主(親)当事者でないと、本当のところはなかなかピンと来ないかもしれません。理屈などではないからです。

まさか、こんなに早く?!

不甲斐ない私を見かねて、早々にやって来てくれた?!

ピース、元々、凄かったけど、凄すぎやろ!

元々は、仕事の関係者で関西メンバーさんが保護していた仔猫たちがおり、どうしたら本当に良い引き取り手を探せるか?という、急な相談が私に来たことから始まりました。

このままだと近所の人に保健所に…連絡されてしまうという、急ぎの相談でした。

それがピースの月命日の前日のことです。

一瞬だけの考える間で、私が親になれないかと聞いたら二つ返事でのご承諾。

その保護主の方は、私がピースを大事に20年半、伴に暮らしてきたことを知っていた方でもあります。

その翌日には、私は今の子に出逢っていました。

急な相談を私にしてくれた、この関西メンバーさんは私には生涯の大恩人になりました。

 

「ピーチ」と命名

ピースと似たところの多いキジトラの仔猫の女の子で「ピーチ」と命名。

ピースの生前の頃から「もし妹猫が来てくれることになったら、ピーチと名付けようね」と話していた通りにしました。

ピーチはまるで、半分以上はピースの生まれ変わりかと思えるほど似ているところが多く、驚くこともあります。

今日で生後7ヶ月。たくましく、元気いっぱいのやんちゃな仔猫、ピーチです(*^^*)

ピースとの出逢いもそうでしたが、偶然のようで、まるで必然とも言えるような劇的な出逢いだと感じています。

ピーチと出逢ってわが家に来てくれてから、早くも1ヶ月半余り。

(半野良の出身のため)最初は抱かれることにも抵抗があった子だったのに、今は腕まくらで寝てくれる割合も増えてきたりして本当に嬉しいですね。

そして今でもハッとさせられるのが、ピースがしていた動作や素振りをすることが増えてきているということもあります。

同じ種類のキジトラの猫だからという見方もできるでしょうが、個体としては別の猫です。

全部ではないにしても、あまりにも類似していくと、かつて読み漁ったペットロスの本の中にあった他の飼い主たちの体験談のようなものを彷彿とさせる感覚にもなりますね。

ピースよりは強い身体をしているようですので、まるで強くなって生まれ変わってきてくれた、そして、引き合わせてくれたかのように思っています。

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