「希望とは、絶望を分かち合うこと」

いきなり、センシティブで重たい話題と感じられるかもしれませんが、気になる方へシェアさせていただきます。

「死にたいと言う人は死なない」という言葉は聞くことがあります。

一見、そうだろうなぁとも思えてしまいますが、それは果たして、本当にその通りなのでしょうか?

私も「自殺」というキーワードが含まれるお話の傾聴をさせていただいたことがあります。

過去、昔々のプライベートでは、たくさん、リアル対面で激しいのに接することもありました。

ここで個々人の経験則や主観の範囲に留まらず、精神科医の松本俊彦氏の発言が参考になると思いましたので、ご紹介いたします。

 

『座間市9遺体事件:もしSNSで「死にたい」を見つけたら…精神科医が語る、みんなにできること』

https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/toshihiko-matsumoto

 

詳しくは上記の全文を熟読していただければと思いますが、上記の記事より抜粋して一部だけ引用します。

「死にたい」という人は死なない、という俗説がありますが、これは間違いです。死にたい、と言った人は自殺するリスクが高い人です。

調査をすると、だいたい自殺してしまう半年~3ヶ月前に「死にたい」と言っていることが多いんですね。

 

上記のように記されておりました。

直前なら「死にたい」とも言えないとしても、事前の本当のSOSだとしたら「死にたいと言う人は死なない」は必ずしも一概に言えずに、乱暴な解釈で危険性も否めないわけです。

そして、上記記事の文末では以下のようにも書かれておりました。

 

「希望とは、絶望を分かち合うこと」

逆説的かもしれないが、絶望をわかってもらうことで、弱さを吐き出し、シェアすることで生きようと思える人がいる。

死にたい言える場所があること。
それは最後に希望を託せる場所をつくるということだ。

 

各位それぞれの中で、いかが思われるでしょうか?

紹介記事として挙げたまでですが、世間での「死にたいと言う人は死なない」という解釈について、そのような場合もあるでしょうが、本当に危険な場合もあると考えられます。

そのSOSを一括りに「死にたいと言う人は死なない」と、粗雑に決めつけて切り捨ててしまうことで受け止めるしんどさから逃げているのかもしれません。

急激なものに限らず、ゆるやかに自殺に向かっていくということもあります。

もしSOSを向けられた時、あなたはどう捉えて、どうしますか?

 

※ ここで、私は不特定多数の方との議論を望んでいるわけではありません。

お応えできるキャパもありませんので、議論など仕掛けてこないようにお願いいたします。


精神科医の松本俊彦氏の著作一覧については、こちらからご覧いただけます。

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