夢の中で

仕事の関係で、凄腕カウンセラーに触れるのが増えてきたからか。

夢の中で、その人ではないのだけどカウンセラーが出てきたことを思い出して記す。

どんなふうに出てきたかというと、一言で言えば、すごく日常的なことを言っていた。

すごく日常的なことを言っていながら、それは食事もまともに取らないほどの忙しさの渦中を明けたばかりの私にキーンと響く意味があった。

「毛布やシーツを洗うのは気持ちよくて、気持ち良く寝るのにはいいだろうけど、忙しすぎる中、そんなに我力に頼って頑張り過ぎなくてもいいのでは、と思いますよ」

「頑張り過ぎて、自分の心が緊張したりするのなら、ゆったりする時間を保つことを優先したほうが」的なことをアプローチしてきた。

これは、あまりにも多くの人が言っていそうな当たり前のことだが、言葉そのものというより、この中に込められている示唆するもの、非言語のメッセージのほうがキーンと響いてきた。

これを夢の中で私に言ってきたのは他の誰かというのではなくて、自分がもう一人いて、その自分が自分に言っていた、自分の言葉のような気がした。

自分のような気もするのに、性別はなぜか女性のように思えたけれど、自分の中の母性?ということだろうか。背景は黄色がかっていたように思えるかな。

それはスピリチュアルで言うならば、ハイヤーセルフとか言うのかもしれないね。

自分の頭上、斜め上辺りの位置から姿も見えず、聞こえてきたし。

何だとしても、心の奥深くに触れることに馴染んできたから出てきたのだと感じた。

それは自分に対してだけでなく、他者の心の奥深くに体当たりするかのように馴染んできたことが大きい。

しかも、そのための学びを現実的に続けていることを楽しめているし、それが私を創っているからだろうとも思う。

ハッと起きてから、その夢を思い返して(現実世界で)馴染むということは大事だなと、再度、思った。

そのために知ろうとすること、積極的関心を持ち続けること。

そのためには行動が伴っていないと、頭の中だけで考えていたら自分の尺度でしか考えなくなってしまうだろう。

自分の課題は、今の自分の考えが生み出しているのだから、それだけでは繰り返しになるなんて言うまでもない。

だから、外を向いて実質的に知ることから始めて、それを実感するレベルまで行くこと。

その上で再度、考えて「分かる」に近づけようとするのが欠かせなくて、自分の頭のなかだけで考えているうちは分かったような気にならないよう注意したい。

次に、「分かる」から「出来る」に近づけていくほどに、染み込む度合いが増えていく。

さらに、いくばくかでも人に「教えられる」と、より染み込み、「教え切れる」ぐらいになったことは、容易になってくるかと。

だから、今回の夢の中では、自分にとっては当たり前過ぎるほど実感のあることで、手を変え品を変え、人に教えることも容易に出来るレベルの、当たり前のことが出てきたのかもしれない。

状況によっては、その当たり前もどこかで崩さないとならない状況になる時はあるけれど、そんな時でも、ちゃんと、ゆったりモードに戻ることも同時進行でイメージ出来てて、状況を乗り切ったところで、すぐにイメージに乗れる。

 

ここでの主訴は、忙し過ぎるのを続けるのは考えもの、ではないからね。

『7つの習慣』で言えば、インサイドアウト、内から外へ馴染んでいくほどに、パラダイムシフトが起こる、その実感バージョンを夢の中で感じたということだから。

 

最近、JUJUさんの『奇跡を望むなら』が私には染みます。

 

 

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