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負の側面ばかりにフォーカスしすぎると……

time 2018/12/10

負の側面ばかりにフォーカスしすぎると……
前回までに、以下、3つの記事を書きました。

悪用 ダメ! 絶対

使い方・使う人次第

見せかけの まやかしの イタタ……

 

何も表現できなくなるのでは?

 

ここまで↑書いてみて、マーケティングの負の側面にばかりフォーカスしていると、終いには何も表現できなくなるのでは?」というお声をいただきました。

なるほど、そういう印象を与えてしまったかと思いましたが、そのような意図ではありません。

きちんとした事業内容を適正に伝えるために、適正な表現を考えましょう、という意図ですね。

 

例えを使うのも

 

言ってしまえば、文章やトークの流れの中で例え話を使うのも、ストーリー戦略の中の手法の一つでもあり、マーケティング手法の一種でもあると言えます。

例え話があったほうが胸にストーンと落ちるように伝えやすく、意識的に使っている方は、そりゃ数多くおられますね。

ちなみに、詐欺師も例え話が上手だそうです。

だからといって、例え話を使っている人全てが=詐欺師、とは、通常はそこまで過剰反応しないでしょう。

もし、事業者としての自分を、そう思ってしまうとしたら、どこかでずるがしこく人を操作して、どうこうしてやろうという意識が見え隠れしているからかも?と疑ってみても良いかもしれません。

このブログの読者の方々の中には、きっと、そういう方はおられないと思って記します。

 

表現技法には、多かれ少なかれ含まれる

 

取り組んでいるサービスや商品のイメージを伝えやすくするために、デザインやカラーを使うこともあるでしょうが、それらも受け手ターゲットを、よくよく想定して創られるものです。

ブログやサイトで使われることの多くなったWordPressのテーマ(テンプレート)も、「~向き」として創られているものが多いですね。

受け手イメージの想定が甘いほどに、気づかぬは本人たちばかりの独り善がりで、どこかズレたものになってしまいます。

分かりやすく極端に言ってしまえば、大変、お得な激安商品(例えば、トイレットペーパーでも良いです)を販売するのに、豪華絢爛で金銀きらびやかな印刷で高級用紙を使った、高コストのフライヤーは使わないでしょう。

コスト面のことだけではなく、雰囲気づくりにズレやミスマッチが大きければ大きいほど、見込み客は音も立てずに離れていきます。

いくらなんでもこんな極端な間違いは、きっと誰もしないと思いますが、想定を超えてズレていってしまうことがあるのも表現の世界の怖さと言えるかもしれません。

 

表現上の計算を考えるのは良くない、と思われがち?!

 

上記に限らず、様々な表現技法にの中にはマーケティングと思っていなくても、多かれ少なかれマーケティング要素が含まれています。

読みやすい文章の書き方、言葉の選択、文章構成、表紙デザインなどなども、そうでしょうし、様々なドラマや映画もそうだと思います。

それらは表現者の想いが受け手にどのように伝わるかを計算しているものであり、意識的に計算している場合もあれば、無意識でしている場合もあるでしょう。

どちらだとしても、全くの計算が含まれていないということは、人に見せない個人日記や秘密のノートなら別ですが、見せるために出された表現では考えにくいものではないでしょうか。

いずれも計算自体が頭ごなしに悪いことではなく、何の計算もなしで表現しようとしても受け手への配慮が欠けていきます。

丁寧に噛み砕いて伝えようとすることにも計算が含まれていますが、丁寧に噛み砕くこと自体が悪ではありません。

画面で見られる文章では改行を多めにするようにしたり、句読点も多めに意識する、この計算自体も悪ではなく内容の問題です。

悪意やずる賢さで計算して受け手を悪用しようとすることが悪いのであり、私たちは慢心してそこに陥らないように、よくよく気をつける必要があります。

 

 負の側面を超えて表していく姿勢が肝要

 

こちらの記事でも書いたように、誇大表現・誇大ブランディングは泥沼を招くでしょう。

それ以前に、虚飾の先で透けて見えるものが気持ち悪いですね。

かつて私は複数の異業種交流会の主催をしていた頃、そういった小手先のまやかしの手法に依存するばかりに消えていった起業家(ぶっていた人)、何人にも会ってきました。

そのような人たちには「本質を見ましょうよ」的な話は、ホント伝わらないと言うか、聴く耳を持たれなかったので私も疎遠になっていきつつ、頼んでもいないのに人づてに聴こえてくる哀愁がありました。

私は、1999年より起業して今に至りますが、生き残って伸びている起業家さん達と、そうでない方は、わざわざリテラシーという言葉を使わないでも、リテラシーの違いが感じられるように見えます。

簡潔で言ってしまえば、真っ当で行こうとしているかどうか、そして、その真っ当で行こうとする姿勢の維持が甘くないことを重々、踏まえているかどうか、というところでしょうか。

私の身近なところでは、それらが素で分かっている人も多いように思われます。

 

楽な方向に流れたい習性は私にも誰しもにあるとして、だからこそ、甘いまやかしトークばかりに走っている人たちがいるというところでしょうか。

そのような人たちとお近づきになりたくはないので、あまり分析したりして考えたくもありません。

あの空気感すら、個人的には私には受け付けられません。

世間では、まやかしほどステレオタイプに目立って聴こえるかもしれませんし、これは負の側面と言わざるを得ないでしょう。

だからといって世間の全てで、伝えるための表現=悪と、安易にラベリングされることはないと思います。

また、そういったものばかりが目に付くとしたら、情報収集の在り方も見直したほうが良いのかもしれません。

私は日に2000件以上のメールを、メールマガジンも含めて受け取っていますが、随時、マメにフィルター設定を見直しています。

 

負の側面ばかりに囚われたら

 

伝えようと脳みそと心に汗をかくこと、そのための手法自体が、一概に負の側面かのように捉えてしまったら、誰も何も表現できなくなってしまいます。

もしくは、マーケティングそのものが良くないものだとしたら、様々あるSNSなどのプラットホームも、マーケティングの視点で創られた要素が大きいので活用できないということになってしまいます。

何かしらの広告を見て、買い物や申し込みも出来なくなってしまいます。

 

私が思うに、マーケティングとは、商品・サービス内容はもとより、想いを的確に伝えきるためのものです。

小手先の手法でオーバートークして小銭を稼ぐのは、マーケティングの悪用でしょう。

そのような負の側面も世間には蔓延しているのを踏まえつつ、誤読や歪曲を防ぐ表現を考えるのが肝要と私は思います。

負の側面に流されず囚われないよう、腑に落ちるまで何度も考え続けていく姿勢が求められます。

何かのついでの片手間に、手っ取り早く出来るようなことではありません。

私は、実直で伝わる表現を起業家ごとに合わせて、ともに考え続け洗練させていく取り組みが大切と考えております。

強く誠実に考えていこうとされる方とは、パートナーシップが続けられると思います。

 

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