かさつき

 

昔、刹那に肌を重ねた若い女性が言っていた。

「私は、父親と会ったことがないし、会いたいとも思わない」、「どんな人かも知らないし、私は実の父親のいない人間として育っていくものだと思っている」。

「だから私は汚れたし、汚れても何とも思わない」と、あざけるようにケラっと笑いながら。

まだ若いのに、どこか枯れたような表情でそう言ったのは、私が酔って、自分の娘と会えていない辛さを一言こぼした後だった。

予想外の言葉に、私は少しうつむいて「そうなのか……」しか言えなかった。

帰りたくなったけれど帰ることも出来なくて、またその女性の長い髪と細めの身体に顔を埋めながら、刹那に駆られるように受け止め抱きしめ合った夜。

抱けば抱くほど心がかさつくようで、それから逃れようとでも思っていたのか、もがくように染み込ますようにアルコールを浴びて、時間の許す限り抱き続けた。

抱き合っていたのに快楽などは、なぜか思い出せない。

かさつく暗闇の中で、その気持ちを受け止めなければならない、勝手な言い訳じみた自責の念で朝を迎えたことが思い出される。

棘だらけのいばらを飲み込み続けたかのような、身に突き刺さる夜だった。

繁華街の隅にあるゴミを漁る黒い鳥を見ながら、たぶん、この瞬間は一生、忘れることなく刻み込まれてしまうのだろうと実感した。

かさついた表情、ケラケラと甲高い声、抱くほどにささくれ立つ感触の残滓に突き動かされた無力感。

うまく働かない思考回路の中、私の娘も、あんなふうになってしまうのだろうか、あの子だけはきれいに育っていってほしいなどと、とめどもない涙が止まらなかった。

そう思ってしまうのは、ずいぶんと勝手かもしれないが、到底、拭いきれず、このまま野垂れ死にしたい衝動にかられながら、重すぎる足取りを無理やり押すように歩いた。

涙も止まらず、酔い過ぎたからなのか、かさつく思いに触れすぎたからなのか嗚咽も止まらず、とにかく、ここを離れたかった。

ホテル街の路地裏、すすけた細い裏道を、痩せた野良猫が食べ物を求めるかのようにふらついていた。

何もしてあげられないことばかりだな、と感じながら、わが家の猫が待っている、それだけを唯一の支えに一人、また喧騒に戻っていく。

 

 

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