「調和」と「迎合」のチガイ 2019.05.14 ココロに想う素 「調和」と「迎合」は、私は違うと感じていて、以下は私の思うところです。「調和」自分の主体性を失わなずに、協"調"できて和となす有り様。和となすには"調"整も必要となる時がありますが、それは主体性あってのものでしょう。主体性を失わないとは
暴走していないかい? 2019.05.11 つぶやき もし 路上に良心もルールもなかったら?飲酒運転もスピード違反もあおり運転もやりたい奴のやりたい放題にできてしまう人生の路上 暴走していないかい?スピードに合わせて標識もルールも変わることがこのまま許されるのなら理不尽で不条理でも善人で違反ゼロと見な
冷たい雨の路地裏 ー 眠れぬ夜 2019.05.10 ひとりごと 傷だらけで血の止まらぬまま望んでもいない 冷たい雨の路地裏を歩く人達濁流の波に理不尽への怒りと哀しみが奮い起こされ眠れぬ夜を通り越して朝を迎える表向きは平然ぶって過ごしても心は雨を小雨にするための思考が動くこのまま朽ちてなるものかと朽ちさせてなるとのか
表現力は 2019.04.30 惹かせる文章に想う素 表現力は 自分の経験や"在り方"からの感性に左右されるしどれだけの知見をストックしてそれを どのように扱うかという感性にも左右される感性は 勘のような?根幹とそれを社会に接続させるためのフレームの量と幅とフレキシブルさ …… かなぁ
「陰」を観続けたからこその「陽」の灯火 2019.04.25 傾聴に想う素 ほんわか倶楽部を始めてから様々なことが視えて、楽しみな課題も山積みではありますものの^^立ち上げ前にはなかったぐらいの、深い気持ちの良さを(下世話な意味ではなくてです^^;)感じさせていただけることに、度々、感謝です。「陰」を観続けた方だからこその「陽」の灯火(ともしび)を感
「怒りのエンターティメント」 2019.04.24 ココロに想う素 常々思うが、マスコミの報道は世間の「怒りのエンターティメント」を叶えるためにイメージ操作もある。油断して短絡的に見ているとイメージ付けに流されかねないのは、客観的なジャーナリズムからはかけ離れていっているということを踏まえたい。感情的に流されず「公平」に観ることが大切であろう
無理に許そうとしない 2019.04.23 ココロに想う素 どうしても 許せないことがあるのなら無理に自分を抑えつけて 許そうとしなくても許せない自分を ただ見つめたらいい許せない自分もダメじゃない執着心がでちゃうのもダメじゃない許せない自分に呑まれる必要もない増幅も抑圧もさせない 何もしないただ
「自分を許す」は嘘を付くことではない 2019.04.23 ココロに想う素 自分を許すとは、自分をごまかしたり嘘を付くことではないと思う。見直したほうが良いところは、素直に見直して、自分を責めない。その時は、そうしたかった理由があるはずだから責めなくてもいい。でも、世間で心地よく生きていくために見直しが必要なら、見直さずに正当
馴れ合いか、緊張を超えた先か 2019.04.22 ココロに想う素 薄っぺらい馴れ合いか緊張を超えたリラックス集中かどちらのほうがクオリティがあるか?ただし、ここで言う「緊張」とはいがみあうことでもなければ、せめぎ合うことでもない。相応の高次の志向性を持っている人間同士が集っている前提。そのような場は相互への理解や
人が人を「救う・助ける」?! 2019.04.21 ココロに想う素 緊急時を別にして、日常において支援者から「(人の心を)救う・助ける」と言う使われ方を見かけると、脳内で(おこがましいのではないか)と思えてしまいます……。支援を受けた側が言っているのなら、まだしもですね。私は「お手伝いさせていただきます」という表現が、妥当だと思っています。
「別」人と 「鉄」人w 2019.04.20 心地よい風を求めて 人はそれぞれ、思考も志向も、生きてきた旅も、背負っているものもチガウ。それが「別」人ということでもあります。参考の1つとして刺激を受けるまでは良いだろうけど、囚われる必要もないでしょう。それは時に相手を縛り、自分をも縛ってしまうことになりかねません。リ
空は、違う世界に繋がっているから。 2019.04.08 ひとりごと 仕事で思うことがある同じ内容でも、同じような属性を対象にしていても、コミュニティ(場所・空気)によってレスポンスが、全然違うことがあるということこれは、プライベートの個人としてでも言えるよね馴染まない・馴染めない場所に無理に居続けようとすると息苦しくなるんだと今、目の前、目先の場所や空気